「今日は、思ったよりいい1日だった」。明日の日記を先につけながら、1日1日を乗り越えていたときのこと

あなたは、日記をつけている、またはつけていたことがあるだろうか?

私は、今は基本的にそういう「1日単位の記録」は特に残していないが、かつては日記をつけていた時期があった。ただその私の日記は、やはり少し普通とは、違うものだったのである。

とはいえ私も「まったく一般的な日記」をつけていたことはある。つまりその日1日のできごとや想いなどを記録する日記だ。だがそれは、少なくともそのときの私にとっては苦しみのほうが大きかった。その理由は単純で、

嫌なことがあって苦しかったのに、それをそのまま改めて記録するのは、なおさら気が滅入る一方だったから

だ。

それでもやがてその苦しみが去ったときに、後から振り返ってみることを考えたら、そういう記録もいいものだ

という意見もあるだろうとは思ったのだが、そのときの私は

そもそもこれが「いつか終わる」という確信がない

というわけで、結局はそういう習慣を長く保つことができず、日記をつけることはなくなったのだった。

 

しかしそれからときが流れたある日、私は

あなたの未来は、あなたの思考が創っている(生み出している)んですよ!

というような言説に触れた。これは今で言う

引き寄せの法則

のようなものだと捉えてもいいと思うが、そこで私は

望む未来が、既に叶ったかのように振る舞えばいいんです

というような説があることを知ることになる。

当時私の精神状態は今よりはるかにひどいもので、今のような霊的知識も根づいていなかった私は、この苦しみを打開する方法があるならなんでも試してみようと、さっそくこの方法を採り入れることにした。そのときに私は、「日記」を用いることにしたのである。

 

そのとき私が実践した方法というのは、

未来に訪れる大事な日の日記を、先につけてしまう

というものだった。たとえばその日から2か月後に試験があって、そのために勉強に励んでいるときであれば

◯月◯日、ついに今日は試験日だった。とても緊張したが、始まってみると努力の成果が見事に発揮され、なかなかの手応えを感じた。これなら、行けるかもしれない

というように書いて、さらに

◯月◯日、いよいよ試験の合格発表日を迎えた。言いようのない気持ちを抱えて発表を確かめると、なんと、そこには私が合格していることが示されていた。よかった。本当に安心した。だが本当に大切なのはこれからだ。これからもより一層身を引き締めて、歩んでいきたいと思う

とまで、

「先に日記につけてしまう」

ということをしていたのだ。

また、たとえば知人の商談のような、なにか「大切なイベント」などがあることを事前に知っている場合には、そういったことについても

◯月◯日、今日は以前小耳に挟んだ〇〇の商談があったらしい。どうやら、思った以上にうまくまとまったようだ。これで少しは肩の荷を下ろせるのではないだろうか。本当に、なによりだと思う

というように、それを「既に起きた事実」であるかのように、あらかじめ日記につけておいたのである。

 

だが結局は、この試みもそう長く続けることはなく終えてしまった。理由はこれまた単純で

私が日記につけたようにはうまく行かない現実を突きつけられることがほとんどだったから

だ。そうなると、この

「事前に書かれただけで、なにひとつ叶わなかった日記」

というのは、虚しさや苛立ちの材料以外のなにものにもできなかった。だから私は、これもやはりやめてしまったのである。

 

ただそれを実践しようがやめようが、私の状況は基本的になにひとつ変わらなかった。

ただこうしたことについてもしかしたら、

その未来を実現するには、想いが足りなかったんですよ

数か月前では急すぎるので、何年前とか、せめて半年前には書いてしまわないといけなかったんです

だとか、あるいは

あなたが描いた未来は、この世界線(タイムライン)では実現しませんでしたが、別のパラレルワールドにおいて、きっと実現したんだと思います

というような見解や解釈を持つひともいるかもしれないが、当時の私はこうした解釈自体をよく知らなかったし、今よりもさらに未熟だったので、いずれにしてもそれを続けられる心境にはなかった。

 

だが、それでもやはりあまりにもひどい状況に四苦八苦した私は、苦肉の策としてある方法を思いつき、それを実践した。それは、

「ある言葉を添えて、明日の日記をつけ続ける」

という方法だった。そしてそのある言葉というのが、

今日は、思ったよりいい1日だった

というものだったのである。

そして私は、それをただひたすら、日記に書き続けた。

◯月◯日、今日は思ったよりもいい1日だった。週の初め月曜日としては、なかなか悪くないと思う

◯月◯日、今日は◯◯の日だった。指摘されたことは今後に活かすとして、思ったほどひどい反応はなかった。総じて見ると思ったより、ずっといい1日になった

と、できるだけ淡々と、簡素に書き記した。これなら、実際になにが起きても、嘘にもごまかしにもならない。あくまでも

「思ったより」いい1日だった

と言っているだけなのだから、それが他のひとの眼にどう見えようが、多少「想像どおりの」嫌なことがあろうが、そんなことはまったく関係ないのである。そもそもそんなときの私は、

「いつだって最初から、『最悪に備えて生きている』」

のだから。

私はこうして、「明日の日記をあらかじめつけておく」この習慣を続けた。完全に毎日というわけではないにしろ、できる限りつけることを継続し、そしていつしか自然にその習慣がなくなっていた頃、私は

少なくとも「いつ死ぬかわからないほどの恐怖」に苛まれていた時期は、もう終わった

と思えるようになっていたのである。

 

そしてあれからさらなる紆余曲折を経て、私は今も生きている。ちなみに様々なかたちで試行錯誤された各種の「日記」は、既に燃やしてしまって跡形もない。私は今でこそ家族も含め親しいひとたちに自分が霊媒師であることを明かせるようになったが、当時はそんなことは到底あり得ないと思っていたので、

信じられないような私の実体験を記した日記は、すべて消し去ったほうがいい。そうしないと万一見つかったときには、ひどく心配されるだろうし、もしかしたら病院に送られるかもしれない

と思ったからである。

そしてそれ以来、私は日記をつけるのを完全にやめてしまった。だが最初に微妙な言い回しで表現したように、

確かに「1日単位の記録」ではないにしても、やはり「私の日々の記録」でもある

ものは、ここに記録されている。だからやはり人生とは、思いもかけないものだなぁと思う。

 

あなたは、明日がどんな1日になると思うだろうか?あるいは朝起きたとき、その日がどんな1日になると思っているだろうか?

もちろんそれがどういうものであれ、実際にその日になにが起こるかは、誰にもわからない。だがもしそれを

「思ったよりはいい1日だった」と振り返られるはずだ

と思えるなら、そうやって1日1日を乗り越えられるなら、まずはそれで充分ではないかと、私は思う。だから私からもあなたにこう伝えよう。

あなたの明日は、そして今日は、今あなたが思っているより、いい1日になりますよ。だからもちろんあなたの人生全体も、今思っているよりもずっとずっと、素晴らしいものになりますよ

と。無責任に思われるかもしれないことも承知で、だがだからこそ心から、万感の想いを込めて。

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