「被害者意識を乗り越えて」。自分を殺した相手のその後を見続けた彼は、そこからなにを感じたのか?

生きていると、なにかしら傷つくことがある。そのなかには自分が勝手に自分を傷つけている場合もあるが、誰かの言動や行動によって傷つけられたということもやはりあると思う。

そんなときそれをどう捉え、どのようにその後の人生を生きていけばいいのかという答えを出すのは容易ではない。だが今回ここで想いを共有してくれる彼の話は、あなたにもきっと参考にしてもらえるのではないかと、そう思っている。

 

こんにちは。この度はこうしてここに私の話を書き記すことができること、とてもありがたく思っています。

ただまず最初にお伝えしておきたいことは、これは基本的に、私の「失敗談」だということです。とはいえ今となっては、その失敗を乗り越えとても清々しい想いに至ることができましたが、私がそうなるまでには途方もない時間がかかりました。だからもし私の失敗を共有することであなたが私よりラクに早く変わることができたらと思い、私の体験と想いを、お話しさせていただければと思います。

 

私はかつて、とある集団のまとめ役のような立場にいました。私には愛するひとたちや仲間が多くいました。が、結果的に私はひとつの大きなうねりに呑み込まれ、自分自身だけでなく、多くの仲間や大切なひとたちを失いました。みんな、殺されてしまったのです。

今際の際に私が感じたのは、

裏切られた!

という思いでした。それで私は怒りに呑まれ、それからしばらくの間ひどく荒れた霊となっていました。またその想いによって、死後に再び同じ世界に来たはずの仲間や愛するひとたちと再会する道も、自ら閉ざしてしまいました。今思い返すとこの頃が、私の最もひどい期間でした。

 

ですがそれから長い時間を経て、私はふと、こう思うことができたのです。

今俺は、「自分がこんなに苦しんでいるにもかかわらず、あいつは、俺たちを裏切って殺したあいつは、悠々と生きている」と思っている。だからこそ、どうしてもここから変われずに長い時間を過ごしている。でも俺のこの考えは、本当に正しいのか?俺は勘違いをしているのかいないのかどっちなんだ?俺は本当のことが、真実が知りたい

と。そして私は、自分が「裏切りの首謀者」だと思っていたひとの「その後の人生」を、見届けることにしたのです。

 

そして数百年ぶりに彼に意識を向けたとき、彼はあれ以来何度目かの生まれ変わりを経て、また肉体人として生きていました。彼はひどく苦しみ、傷ついていました。

ただ私は当時まだまだ彼への憎しみや怒りを消化できずにいたので、彼が苦しんでいるのを見ても、笑いこそしませんでしたが、つらいとか心苦しいなどとは思いませんでした。そして彼はそのまま大きくは変わることなく、翳を帯びたままの人生を終えたのでした。

それを見届けた私が感じたことは、うまく言葉で言い表すことができません。ただそれはどうしようもなくモヤモヤとした感情であり、彼の人生を見る前の私が抱いていたモヤモヤとも、また違う種類のものだと感じられました。

 

そこで私は、今まで目を背けていた、私たちを裏切り、死に追い込んだ彼のそのときの人生を、改めて最初から最期まで見てみることにしました。すると私は、当時は決して思い至ることができなかった彼の「事情」や「背景」を知ることができました。そしてそれまで私が絶対の事実だと思い込んでいた

あいつが率先して私たちを裏切り、全員を死に追い込んだ

というのは、単なる「ひとつの視点」(解釈)に過ぎなかったということを、私ははっきりと思い知らされたのでした。

ただ私はこの時点ではまだ、

たとえ俺の知らないところでどんな事情があったにせよ、それでもあいつのやったことを赦せるわけがない

と思っていました。そしてだからこそ私は改めて、彼が生まれ変わる度に、その人生の行く末を遠くから見届けることにしたのです。

 

するとそのなかで、私はやがてどうしても認めざるを得ない事実に直面することになります。それは

あいつは今でも自分の罪の意識に苦しみ、たとえあれから表面的には何度生まれ変わったとしても、ずっと変わらずそれを抱え込んでいる

ということでした。つまり私が

自分がこんなに苦しんでいるにもかかわらず、あいつは、俺たちを裏切って殺したあいつは、悠々と生きている

と思っていたのは完全な誤りであり、曇った眼による思い込みでしかなかったのです。

 

そしてそこからさらに何度目かの生まれ変わりを経たとき、彼は今までにも増して苦しく、不遇な状況に身を置いていました。それを見た私はついに、

これじゃあ今のあいつは、あのときの俺たち以上に悲惨じゃないか?あまりにも、かわいそうだ

と感じるまでに至ったのです。この時点で、私が彼に対して抱いていた怒りや憎しみは、どこかに消えていました。ただ私はこの直後に、これとはまた違う感情も持ちました。それは、

確かに、今のあいつはかわいそうだと思う。でも、あのときの俺たちだってつらかったし、とても苦しかった。じゃあ結局俺たちは、どっちもかわいそうだったってことじゃないか?

という想いでした。だから私はそこで、自分が相手に感じていたある種の「敵対感情」そのものが間違っていたのだと、はっきり気づいたのです。私たちはどちらかが一方的に相手を傷つけていたのではなく、お互いにもがき苦しんでいたんだということが、ようやく私の腑に落ちたのでした。

 

だからそんな自分自身の経験を踏まえ、私はあなたにもお伝えしたいのです。

「どちらが加害者でどちらか被害者なのか」「どちらのほうがよりかわいそうなのか」といった発想はもう終わりにしましょう。私たちは本当はみんな「それぞれに変わりゆく仲間」なのです

ということを。そしてもうひとつ

被害者意識に囚われているひとは、最も負の霊に操られやすい状態だと言える

ということも、歴然とした事実なのです。これはつまり、

あなたが被害者意識に居続けると、あなたもいずれ必ず加害者になるように仕向けられる

ということでもあります。なぜならそのときにあなたは

自分が先に奪われたから、奪い返すだけだ!

というふうに、自分自身を巧妙に「正当化」することができるからです。それにここで言う「奪われた」というのは「モノやカネ」だけの話ではなく、「時間・能力・気遣い……」などのすべてを含むことを強調しておきます。またこれはたとえば

私がお前から受けた苦しみを、お前(たち)も思い知ればいい!

というような思いとも、もちろん共通の根を持つものです。

そしてこの意識は、今の社会にあまりにも広く深く根を張っています。だからこそ、こんなことになってしまったのです。ですからこの「被害者意識の転換」こそが、これから世界を変えていくうえで最も重要な柱のひとつであると、私は確信しているのです。

 

どうか「奪われた」という意識ではなく、「与えられた」という意識を保ってみてください。自分が既に多くのものを与えられていると思えれば、あなたもなにかを与えられるようになります。そしてこの「奪われた」という意識と「与えられた」という意識は、ともに連鎖する性質を帯びています。ですから「奪い合いの連鎖」を起こせばそこはまさに地獄となる一方、もし逆に「与え合いの連鎖」を起こせれば、そこにはまぎれもない天国が実現するわけです。これが、この世界の未来を左右する分岐点なのです。

とはいえあなたはもしかしたら

なんだ、わかったようなことを言って偉そうに!そんな簡単にできるなら苦労はないんだ!

とおっしゃるかもしれません。そして私はそれも無理のないことだと思います。なにせ私もこのような意識に変われるまでは、およそ千年もの長い時間を要したのですから。ですから最初に言ったとおり、これは私の「失敗談」なのです。

ですがだからこそ、私はあなたには私より早く、ラクに気づいてほしいのです。苦しいことは、早く終われるならそのほうがいい。私は、そう思っているのです。あなたもいずれは必ず、この意味を理解できる日が来るでしょう。ですがそれを私の話で少しでも早めることができないかと、私はそう思っているのです。

私はかつてひどく苦しみ、憎み、すべてを傷つけていました。ですがそこからようやくここまで変われた私は、彼にも謝ることができました。そして今ははるかに清々しく、爽やかな心持ちでいます。ですから私は過去のあなたであり、今のあなたであり、未来のあなたなのだと、私は思っています。そして私もあなたと一緒に、もっともっと変わっていこうと思います。未来は、きっと素晴らしい。だいじょうぶです。こんなに変われた私が、その証だと思ってください。そしていつかはあなたも誰かに、こんな話を伝えていけるようになるでしょう。みんな、ともに変わる仲間なんですから。これからも、どうぞよろしくお願いします。

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