夜は静かに力を溜める。そしてあなたの昼が来たときに、遠慮なくそれを活かせばいい

たいていの場合、私たちはうまく行かないときほどより深く悩む。

もちろん

自分でも驚くほどうまく行きすぎちゃって、これからどうすればいいかわかんないんです!

という場合もあるにはあるが、それはいわゆる「嬉しい悲鳴」というもので、根本的に種類が違う。それにやはり、うまく行かないときの悩みのほうが、「うまく行きすぎている」ときの悩みより圧倒的に深いと言っていいだろうと思うし、おそらく今の段階でこの『闇の向こう側』に来るあなたも、きっとなにかしらの悩みを抱えているのだろうと思っている。

だが、私は以前から

不幸だから死ぬのではなく、不幸だからこそまだ生きなければいけない
生きていることは罰ではない。私たちはしあわせになるために生まれてきた。しあわせにいるために生まれてきた。だから本当には、いつもしあわせを感じられていて当然だとも言えるし、そうでないような状況は、「異常事態」である。

と言っているように、そういうあなたにこそ、まだなんとか生きていてほしいと思っている。今は、あなたにとっての「夜」なのかもしれないし、それは本当に長く永く感じられるものかもしれない。だがだからこそ、夜には夜の過ごしかたがあるとも言える。そういうときにこそ、私たちは静かに力を蓄え、いずれ来る日の準備を、整えておくべきなのである。

 

現代では特に電気の重要性は増すばかりなので、停電すると多かれ少なかれ混乱が起きる。そして都会であればなおのこと、そこは夜でも完全に機能を止めることはなく、むしろ

「それぞれが好きなときに好きなように活動できる環境をいかに創るか」

に心血を注いでいると言っていいと思う。だがどんなに策を講じたところで暗くなるときは暗くなるものだし、人生にももちろん暗く険しい日々が続くときがある。特に、今のような社会ならなおさらだ。

だがそういうときに最も大切なのは、

「真っ暗闇に慌てふためいて、むやみに暴れないこと」

だと私は思う。それに最も哀しい場合には、その暗さに耐えかねてすべてを投げ棄て、自分自身さえ壊してしまうことさえあるのだが、それだけはなんとしても避けてほしいと思うのだ。そのとき、あなたはなにも見えていない。だから

まずは文字どおり「今のあなたはなにも見えていない」ということをそのまま受け止めて、静かに力を蓄えてほしい

と、私は言いたいのである。

 

真っ暗闇ではどうせほとんどなにも見えないのだから、そんな状態で躍起になってもさらに疲れてしまうだけだ。だからそういうときはむしろ見えない目は瞑ってしまって、自分自身と向き合ったほうがいい。内面と向き合うのには、むしろ周りが暗くて静かなほうが都合がいいくらいなのだから。

そして、自分の理想像を改めて想い描き、そこに向かっていく道筋を検討する。そこまで具体的にわからなければ、

「今よりも少しはラクに、あるいは充実して生きられている自分の姿を想い描く」

だけでもいい。ただその姿はカラーで、できるだけ生き生きとした光景として思い浮かべればいいのだ。そうすればそれは必ず、未来の種となって育まれていくから。いつも言っているように、未来はすべて、想いから創り出されていくのである。

 

そして、ひとつだけ身も蓋もないような話をしてしまうと、今のひとたちは一般的に肩書きや見た目、もっと言えば「年齢」に強く囚われているところがあると思う。だからあなたがまだ思ったような成果を出せなかったり、周りにそれほど認めてもらえなかったりするのは、あなたのやっていることが悪いとか、進んでいる方向が間違っているということではなくて、

「単にあなたが(そのひとより)若すぎるので、侮られているだけ」

ということもけっこうあるのではないかと思っている。だったら、そんなものはまさしく「時間の問題」でしかないので、あなたは虎視眈々と、それを積み重ねていけばいい。そしたらいずれ驚くほど劇的に、壁を超えられるときも来ると思うから。

よく、

若いっていうのは素晴らしいことだよ!

などと言うひともいるし、それはたとえば体力など、「ある特定の面」を見れば確かにそうとも言えるとは思うが、少なくとも私の感覚で言えば、そんなことは絶対になかった。私は

生まれてから10年20年、もっと言えば30年くらいが、いちばんつらかった

と思っているし、小中学生の頃には既に、

早く優しいお年寄りになりたいなぁ……

と思っていたと思う。だから、もちろん総合的には

それぞれの年代に、それぞれのよさと大変さがある

というのが事実なのだろうとは思うが、先ほども言ったとおり今は世界全体の眼があまりにも曇っているからなおさら、それを破るには単純に

「生きてきたという実績(長さ)を積み重ねる」

ことが重要だとも言えると思うのだ。その質や濃さを理解することは難しくても、生きてきた「長さ」なら誰にでも伝わりやすい。それなら、その誰にでもわかる尺度に合わせてあげればいいということなのだ。1年生き延びれば、誰でも1年ぶんの年齢を重ねられるのだから。

とはいえもちろん、それがただ「長くなっただけ」と思われたら結局また侮られてしまうので、だから今のうちに力を溜めて、張りを作っておけばいいということなのだ。そしてそれに取り組むのに、遅すぎるということはない。だってあなたもまだ、生きているのだから。

そしてさらに言えば、もしそれが今生の間に間に合わなかったとしても、それならそれでもだいじょうぶなのだ。たとえあなたの人生がずっと夜のままに終わってしまったように見えたとしても、いつかは朝や昼も来る。すべてはただ

ひとりひとりに、それぞれの長さと時期がある

というだけのことなのだ。そして一般的に、

「溜めの期間」が長ければ長いほど、その爆発と飛躍は大きく深くなる

ということも事実なのであるから、だからいずれにしても、やはりだいじょうぶなのだ。あなたの努力は、力は、決して無駄にはならない。

 

そして私が以前から

50年とまで言わなくても、30年後の世界を見るのは、誰にとっても大きな意味がある
現代日本では特に、「少子高齢化」が進行している最中で、この状況とどう向き合うかは、とても大きな課題だとも見なされている。そしてこれは、今「先進国」と呼ばれているような国では多かれ少なかれどこでも起きていることだとも言えるだろう。 しか...

と言っているのは、

今の20代が50代となり、今生まれたこどもたちが30代になる頃には、自然と価値観も入れ換わり、世界が変わっていく

と思っているからでもあるのだ。だから私は、そのときが来るのをずっと楽しみにしているし、だからこそ、私はあなたにも

いつかあなたにも「昼」が来て、たくさんのスポットライトを浴びるときが来ると思います。だからそのときに突然あわてないためにこそ、今のうちから力を蓄えておいてください。なにごとにも、「準備」が大切なんですから

とお伝えしておきたいのである。

 

ちなみに、私個人的には自分にスポットライトが当たる日が来るとは思っていないのだが、だからこそ今のうちからこんな暗いところを見つけて私に関わって来てくれるあなたには、深く感謝している。そして私が本当の本当に楽しみにしているのは、今から10億年後から20億年後の宇宙を見ることなのだ。この地球がここから大きく変わり、その経験を保った魂が他の星や銀河をますます素晴らしいものに変えていった先にどんな素晴らしい光景が拡がることになるのか、これは本当に、今の私の想像をはるかに超えたものだと思う。だから、長い眼で見れば見るほど、私たちの未来が素晴らしいものであるということは間違いないと、私は確信しているのである。

だがもちろん

10億年なんかは話にもならないけど、50年や30年でさえ、とても待ちきれないですよ!

と言いたくなるひともいると思う。だからそういう場合は、

ええ、なのでまずは10年でもそれなりの変化は見られると思うので、もう少し待っていてください。そしてできればただ「待つ」だけではなく、あなたなりに力を蓄えていてください

と、そう伝えておきたいのだ。先ほども言ったとおり、なにごとにも準備が大切なのだし、私は特に慎重派でぬか喜びをしたくないので長めに見てはいるものの、もしかしたらすべては実際には、もっともっと早く進むことになるのかもしれないから。それにときどき

もしあなたの言うとおり未来がそんなに劇的に変わるとしたら、高齢のひとは特にびっくりして、混乱するんじゃないですか?

というようなことを言われることもあるのだが、私としてはむしろ、

戦中戦後の大混乱期を生きてきたあの世代のひとたちのほうが、「本当に革命的な変化」への対応力は高いのではないか?だとしたら、今現在40代から60代くらいのひとのほうが、そういうときにはいちばん適応しづらいとさえ言えるかもしれない

とも思っているのである。だからあなたがそれなりに経験を積んできたそのくらいの年齢であって、それなりの実績も出したり出さなかったりしているのならなおのこと、これからの流れはよくよく見ておいたほうがいい。

もう人生の高は見えたと思います

なんて、そんなことを言っている場合ではない。あなたに見えていないものは、まだまだ、いくらでもあるのだから。

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