悪夢は伝えず消していく。長年悪夢を見続けてきた私からの、最新の研究報告

以前から

などと書いているとおり、私は基本的に、いつも悪夢を見る。だからそこだけで言えば私は本当は眠りたくないのだが、肉体を保っている以上そうも言ってはいられないので、睡眠時間はできるだけ取るようにしている。

だが、そんなふうに「ほとんど毎日悪夢を見る私」は少し極端な例であるとしても、あなたも基本的には毎日眠りに就くだろうし、そのなかでなんとも言えないほど嫌な夢を見ることもあるだろう。それにましてこの時期に見る(印象に残る)夢は

「初夢」(=1年の運勢・吉凶を象徴する夢)

などと呼ばれるから、特にその意味づけに翻弄されそうになることも多いと思う。だからそんなときのために、長年自分の悪夢でいろいろ試行錯誤を続けてきた私から、最新の研究報告のようなものを、ここに書き残しておこうと思う。

最初に単純な結論を書くなら、

悪夢を見たときは、その内容は誰にも伝えずに、できるだけ意識せずにいて忘れてください

という話なのだが、これはあなたが悪夢から醒めたときに誰かが傍にいるような状況なら特に気をつけてほしいことだ。つまり、悪夢というのは実際に心身を消耗させるので、誰かに聴いてもらえる状況ならそれをわかち合って、自分の苦しみ(ストレス)を和らげたいと思うのも自然な反応だと思うからである。

また、自分からその話を持ち出そうとしたわけではなくても、朝のあなたの沈んだ様子に気づき、

だいじょうぶ?なにかあったの?

などと気遣ってくれたひとに対して、

いやちょっと、悪夢を見ちゃって……

というように答えてしまうこともあると思う。そしてそこから

え、どんな?

などと相手に訊かれたら、

実は……

と詳しく話したくなるのもごく自然なことだと思う。

しかしだからこそ私としては、それをぜひやめてほしいとお伝えしたいのである。ただ精確に言えば、

「悪夢を見た」

という事実そのものを伝えるのはいいと思う。それで、

そっか、それは嫌だったね。でもそれはあくまで夢だから。だいじょうぶだよ

というくらいのいたわりをもらうだけだったら、むしろいいことだとも思うから。だが、そのうえで私が強調したいのは、

「悪夢を見た」という端的な事実に留まるならいいとしても、そこから「悪夢の細かく具体的な内容や描写にまで踏み込む」のはやめたほうがいい。なぜなら悪夢もひとつの「エネルギー」だから

ということなのである。

悪夢は確かに「現実」ではないのだが、一方で「実際に」私たちを傷つけもする。つまりそれも一種の

「エネルギー(想い)の集合体」

であると言える。ただそれが悪夢を見た(見せられた)本人のなかだけに留まっているのであれば、その影響はまだそれほど大きくないし、なにより結局夢は夢なので、意識しなければそのうち、少なくともその細部はどんどん忘れ去られていく。つまり、悪夢の力はちいさくなっていくということだ。

だが、もしその悪夢を誰かに伝えようとしてしまうと、そのとき本人は再びその夢を思い返すことになる。それに加えて、それを聴いた相手にもその悪夢の力(イメージ)が染み込んでしまう。だからその意味において確かに、

「その悪夢のエネルギーが拡がる(強まる)」

ということになるのである。そして最も重要なことは

あらゆる想いやエネルギーは、すべて「未来を生み出す種」(可能性の粒)となる。そしてそれが大きく深く、たくさんのひとに共有されたものであればあるほど、それが枯れずに花を咲かせる(未来に実現する)可能性も高まる

ということなのだ。だからこそ、私はあなたとも、このような研究(実感)を共有したいのである。

そしてこれは、私自身の手痛いと言うか、本当に苦しい体験によって刻み込まれた教訓でもある。それこそここでその詳細を書くことはしないが、簡単に言えば私はある日

「それまでのどの悪夢と比べてもとてもリアルで、とても嫌なことが描かれた悪夢」

を見た。ただ私もそれをすぐ口に出そうとはしなかったのだが、私の様子がおかしいことに気がついたひと数人に、その内容を伝えてしまったのである。

とはいえ私は、少なくともそのときには既に、

「夢には霊存在も大いに影響している」

ことを知っていたので、

こんなことを実現させたい負の霊もいるんだな。それに確かにこんなことになったら私は深く傷つくだろうから、相手の立場に立ったらそれを願うのも当たり前だろう。でもだからこそ、絶対にこんなことにはならないように、気を引き締めよう

という意図に基づいてこの話をしたのであって、その実現を願う気持ちなど、どこにもあるはずはなかった。それに実際、その話を聴いてくれた相手も

いや、さすがにそんなことは起きないですよ。だいじょうぶです。安心してください

などと励ましてくれたので、そのときの私としては、むしろ元気づけられたくらいだったのだ。

だがそれから数か月後、その悪夢は実際に現実になってしまったのである。

とはいえもちろん、実際には未来の決定には様々な要素が絡み合っているので、

じゃあもし私があの悪夢を誰にも伝えずにいたら、あんなことにはならなかったのか?

と言えば、そう単純な話でもないとは思う。ただそれでも、私はその体験も踏まえいろいろ考えなおしたうえで、今はこのような見解に至ったということだ。だからもし今後同じことが起きたら、今度は絶対に、同じ対応はしない。望まない意識やエネルギーに、わざわざ何度も浸る必要はないのだから。

ただそのうえでもう少し補足しておくと、

「いったんは確かにひどい状況に陥ったものの、最終的にはそれを打開・解決することができた」という夢の場合は、それは結局は「いい夢」なのだから、周りに伝えても問題ないし、それが励みになるなら、むしろどんどん広めたらいい

ということも言えると思う。たとえば以前私が

で共有した夢も、

「ひどい状況から逆転したいい夢」

の一例だと言っていいと思う。

だからここまでを改めてまとめると、

悪夢は拡げずに、さっさと夢として消す。ただし「悪夢を見た」と伝えて慰めてもらうのはありだし、たとえひどい状況に陥ってもそこからなんとかして逆転できたら、それを含めて伝えればよし

ということである。そして私ももちろんこれからの人生(未来)に対して、同じ気持ち(姿勢)を保っているのだ。

そこまでの過程でどんなことがあろうと、一時的にどんなに追い詰められ苦しくなろうと、最後に笑うことができたら、望みを叶えることができたら、それでいいと言うか、それがなによりだ

ということなのだから。

あとは今までの話とは少し違うものとして、

「明らかに今回の人生とはつながりがないと思う(今回の人生で起きることとは思えない)んだけど、やたらと印象的で、心に突き刺さる光景を何度も夢に見る」という場合には、それは過去生の体験(深い想い入れ・想い出)の顕れなのかもしれない

というような観点で捉えることもできるのだが、それは今回の主題からは少し外れた話だし、少なくとも今のひとたちがそうそう体験することでもないと思うから、ともかく今回はいったん措いておく。ただそんなふうに

何度も見る印象的な夢がある

という場合には、それを踏まえて今生の経験を思い返してみるのも、いいことかもしれない。

そのうえで何度も言うように、

それが負の霊の攻撃・策略であれ、あるいは過去(世)のつらい実体験であれなんであれ、いちばん大切なのはそんな「悪夢」(嫌なエネルギー)には負けずに、素晴らしい未来を育んでいくことだ

ということは、何度でも強調したいし、なにより私自身があなたと一緒に、確かめ続けたいことなのである。だからその意味で、私は

私がいい夢をほとんど見ないのは、むしろいいことかもしれない

とも思うのである。だって夢はいつか醒めるものだからだ。悪夢は確かに嫌なものだが、素晴らしい光景が実は夢だったというのも哀しいと言うか、実際かなり落ち込む話だと思う。だったら悪夢は醒めた時点で消してしまって、いい夢は夢と言わずに現実で味わったほうがずっといいだろう。

そしてだからこそ、やはり私たちにはまだまだ、生きる意味があるのだ。さっきも言ったとおり、たとえどんなにひどく苦しい事態に追い込まれても、そこから逆転してしあわせになったら、それは結局、いい人生なのだから。そう、これは決して夢でも幻想でもない、私たちがこれからも紡いでいく、かけがえのない、人生なのだから。

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  1. なすび より:

    お久しぶりです、Dilettanteさん

    昨年はコロナで大変な1年でしたね。
    遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

    悪い夢の内容を口にしてそれが現実になったらショックですね。

    でも、Dilettanteさんが相変わらず元気そうで嬉しいです。私も相変わらずやっています。

    記事を読んでいて、今話題の映画、”鬼滅の刃”を思い出しました。

    おっしゃるように、幸せな夢はぜひとも現実で見たいですね。

    鬼滅の刃で登場する鬼は、幸せな夢を見せて、それが夢だったと後で気づかせて人間を苦しめます。

    • Dilettante Dilettante より:

      なすびさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      お久しぶりです、Dilettanteさん

      昨年はコロナで大変な1年でしたね。
      遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

      ええ、昨年2020年は、ここ数十年でも稀なほどの、全世界的な激動の年だったと思いますが、お互いにそれを乗り越えて、またこうしてお会いできたことを、私もとても嬉しく、おめでたく思います。

      鬼滅の刃で登場する鬼は、幸せな夢を見せて、それが夢だったと後で気づかせて人間を苦しめます

      いやぁ、それはなんとも嫌な攻撃・罠ですね。

      ですがそれを「攻撃」として用いるかどうかは別として、そういうふうに

      「一見しあわせそうな幻のなかにひと(世界)を封じ込めてしまって、そこで仮初めの調和・理想郷を実現する」

      というテーマそのものは、けっこういろんな作品のなかでも見受けられる発想なのではないかという気もします。

      それにもっと言えば、これは以前

      不幸だから死ぬのではなく、不幸だからこそまだ生きなければいけない
      生きていることは罰ではない。私たちはしあわせになるために生まれてきた。しあわせにいるために生まれてきた。だから本当には、いつもしあわせを感じられていて当然だとも言えるし、そうでないような状況は、「異常事態」である。

      のなかで触れた

      「天国幻想」(理想郷幻想)

      の話にもつながるんですが、今に伝わっている宗教のなかにも(もちろんそれが開祖の意図とは違うものに歪められている可能性を念頭に置く必要もありますが)、

      この世界はどうしようもなく堕落し腐敗した世界であり、苦しみに満ちている。だがだからこそそれに耐え抜いた先には、「死後の世界でのしあわせ」が待っている

      というような思想がかなり見受けられる気もして、それにも私は

      このような教えによって、「この世界に生きるのが苦しいのは、ある意味では『もうどうしようもないこと』なんだ」という考えを刷り込まれるとしたら、それもそれでまた別の夢、しかも「悪夢」のなかに私たちを封じ込め、ずっと縛りつけることになる

      と思うんです。しかももう一方

      肉体を保っていようがいまいが、霊存在と肉体人に本質的な差はない。そしてだからこそ、この世界が堕落し腐敗していると言うなら、霊の世界だって同じくらい堕落し腐敗している。つまり私たちは「死んだくらいで」急にラクになったり、しあわせになったりすることもない

      という事実(=だから「万人にとって永遠普遍の天国」など存在しない)についても、少なくとも私自身は、もう確信してしまっているわけですからね。

      だからそんな私は結局のところ

      それがいい夢(≒現実に向き合うことを妨げるもの)であれ悪い夢(≒気力や未来への希望を削ぐもの)であれ、それが「夢」にすぎないのであれば、やはりそんな嘘やまやかしは早く打ち破って、この世界(現実)こそをよりよい世界に変えていくしかない

      という想いに立ち返るというか、立ち返らざるを得ないわけです。

      とはいえもちろん、それは結局「世界の礎」である自分自身を成長させていく必要があるということなんですし、たとえそれでどこまで行っても、私独りで世界を動かせるわけでもないわけですが、だからこそあなたのように同じ想いを共有できるひとと一緒に、これからも1歩ずつ進んでいけたらと、そう思っています。

      それにお互い去年まででも相当鍛えられたと思いますから、それを乗り越えた私たちなら、きっといずれはそんな「夢物語」だって、本当に現実にしてしまえるはずだと、私はやはり、そう信じているんです。

      というわけで、私も私なりに精いっぱい生きていこうと思いますので、改めて今年もこれからも、どうぞよろしくお願いします。

  2. なすび より:

    Dilettanteさん

    返信ありがとうございます。

    仰るように、「この世界を生きること=苦しいのが当たり前で仕方が無いことなんだ」と考えるのもまた一つの悪夢ですよね。

    霊存在と肉体人に本質的な差はない。この世界が堕落し、腐敗していると言うなら、霊の世界も同じく堕落し腐敗している。つまり「死んだくらいで」急にラクになったり、しあわせになったりすることもない

    こういった見方が私はすごく好きですし、完全に同意します。

    それが夢に過ぎないのであれば、やはりそんな嘘やまやかしは早く打ち破って、この世界こそをよりよい世界に変えていくしかない

    それは結局、「世界の礎」である自分自身を成長させること

    そうですね(^^) 私も諦めずに頑張りたいと思います。同じように頑張っている仲間がいると思えるだけで、私も頑張れると思います。ありがとうございますm(_ _)m

    人間「夢」を見てなんぼだと思います。それに向けて努力していく中でたくさん成長できるし、諦めなければ、絶対にその「夢」は叶いますよね。

    実は、4月から新社会人になり、働き始めます。コロナウイルス患者をたくさん診療しています。さて、どうなることやら。。。でも、私もDilettanteさんと同じように、私なりに精一杯頑張って生きていこうと思います。

    コロナが一段落したら、また色々語り合えたらと思ってます。その時はお願いしますね!

    • Dilettante Dilettante より:

      私も諦めずに頑張りたいと思います。同じように頑張っている仲間がいると思えるだけで、私も頑張れると思います。ありがとうございますm(_ _)m

      この言葉はいったんありがたく受け止めたうえで、まったく同じ言葉をあなたにもお返ししたいと思います。こちらこそ、本当にありがとうございます。

      それに、私も陰ながらずっと気にかけてはいたんですが、ついに

      4月から新社会人になり、働き始めます。コロナウイルス患者をたくさん診療しています

      というところまで来たんですね。本当に、素晴らしいです。あなたが今まで、そしてこれからも積み重ねていくご経験は、実にかけがえなく貴重なものだと思いますから、どうかひとつひとつをあなたらしく糧にしていっていただけたらと思いますし、あなたならきっとそうできると思っています。

      そしてだからこそ

      感染に気をつけてください

      とか、そんな月並みなことを言ったところでほとんど無意味だと思いますから、その代わりに私も万感の想いを込めて、

      どうかあなたがその信念を大切に育み、ますます力強く体現していけますように

      とお伝えしたいと思いますし、あなたもおっしゃるように、その先にそれぞれの、そして私たち共通の夢が実現するときが来るのを心待ちにしつつ、1日1日を乗り越えていきたいと思っています。

      コロナが一段落したら、また色々語り合えたらと思ってます。その時はお願いしますね!

      もちろんです。それにあのときもそうであったように、たとえそのときそのときには悩み苦しむこともあったとしても、いずれはまたすべてをいい想い出にできると思います。あなたの勇気は、私もよく憶えていますからね。それにあなたは

      次にお会いするときは、もっともっと成長した姿をお見せします!

      とも言っていましたもんね。率直に言うとそれはもう現時点でも充分に実現していると思うのですが、だからこそ私も一緒に、がんばってみようと思います。

      本当に、ありがとうございます。

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