「これを苦しみの種にはしない」。あなたが自分でそう決めたなら、誰にもそれを侵せはしない

私たちには個性がある。だから私たちには、たくさんの違いがある。だが一方で、私たちにはたくさんの共通点もある。まして今のように、同じ地球や言語、時代や環境を共有しているならなおさらだ。だから私たちの苦しみの原因は、意外にかなり共通してもいる。

たとえば私たちは、餓えると冷静さを失う。少なくとも、餓えていないときよりは苦しむ。それと同じように、たとえば「暑すぎる」ことや「寒すぎる」こと、または「眠すぎる」(眠れない)ことや「周りから責められる」といったことでも、やはり苦しみを感じる。こうした部分では、私たちはかなり共通していると思う。

だが一方で、私たちの個性は

「苦しみの感じかた」

についても存分に発揮される。だからこそ、たとえまったく同じ状況に置かれても、誰もが同じように苦しむわけではないのである。

たとえば今のような社会では、経済的な力が多くの場面に波及するので、収入や資産の多寡が、幸福感を左右することも多い。だがだからと言って、経済的に貧しければ誰もが必ず苦しむのかといえば、そうとも限らない。もちろんそれが先に挙げたようなもの、たとえば「餓え」や「寒さ」に直結するほどのものならまた違う話にもなるだろうが、端的に言えば

同じ収入・資産状況であっても、それが本人にとってどれだけの苦しみであるかは、ひとそれぞれだ

ということだ。これは言い換えれば

たとえ収入や資産が自分よりはるかに多くても、それで自分以上に苦しんでいるひともいる。逆に収入も資産も自分よりはるかに少ないのに、自分よりずっとしあわせに生きられているひともいる

ということだ。それにこうした例は少し探してみるだけで、誰でも見つけられると思う。

だがまぁそうは言っても、現代社会における「経済力」(資金力)はあまりにも特別な地位にあるとも言えるから、もう少し違うところからも見てみよう。

たとえばあるひとは、

私は顔がこんなに醜いせいで、いつもつらいし苦しいんです

というひとがいる。それにこういうひとは、実際たくさんいると思う。だがだからと言って、同じような顔立ちのひとがみんな同じように苦しむのかと言えば、やはりそうとも言い切れない。だからこれもやはり、最初の例と同じなのである。

そしてそこからさらにもう1歩先に踏み込んでみると、今度は逆に

私は見た目がひとよりいいせいで、いつもつらいし苦しいんです

と言うひとさえもが見つかるのである。これは逆の立場のひとから見れば「皮肉」や「自虐風自慢」のようにも思えるかもしれないが、本当にそうしたことで苦しんでいるひとというのも、実際にいるのだ。だからこの事実に直面したとき、私たちは

たとえ自分と同じ状況に見えても、誰もが同じように苦しんでいるわけではない。それどころか、自分が苦しんでいるのとは逆の理由・要素のせいで、苦しんでいるひともいるんだ

ということに、気づかされることになる。

あるひとが背の低さで苦しんでいる一方、背の高さで苦しんでいるひともいる。あるひとは自分が独り身であることで苦しんでいるかと思えば、もう一方には結婚したことで苦しんでいるひともいる。だからまったく同じように、男性であることでも、女性であることでも、都会にいることでも、田舎にいることでも、学歴が低いことでも、学歴が高いことでも、天涯孤独であることでも、大家族であることでも、日本人であることでも、日本人でないことでも、ほとんどどんな特徴や要素を見ても、どこかにはそれを苦しみにしているひとが、きっといるということなのである。

だからこれを総合的に見てみると、

私たちはその気になれば、いかなる理由でも苦しむことができる。だがそのなかには互いに相反するものもあるのだから、すべてで同時に苦しむことは無理だろう。だから逆に言えば、あるひとにとっては大きな苦しみであることが、自分にとってはそうではないこともあるし、一方で自分がこんなにも苦しんでいる要素を、まったく意にも介さずに抱えているひともいる

と言うことになると思う。そしてこれを究極的に突き詰めていくと、

じゃあ結局私たちは、「自分がなにで苦しむのかを自分で決めている」ということなのではないか?だから逆に言えば、「これを苦しみの種にはしない」と自分で決めることができたら、そう思っていられるうちは、そこから自分が苦しむことはないのではないか?

という想いにすら、たどり着いてしまうのである。

ではここで私自身を振り返ってみよう。するとたとえば私はここでずっと「霊媒師」という私の立場を明らかにしているのだが、この「霊媒師」(霊媒体質と日々向き合っているひと)という特徴を、私は実のところ、さほど苦にはしていないのである。

もちろん、私も最初からずっとそう思っていたわけではないし、今だって完全に、なにひとつ苦しんだり葛藤したりせずに済んでいるかといえばそんなことはない。ただ少なくとも昔より今のほうが、そこから感じる苦しみは少なくなっている。これは別に、私が全体として人生をラクに生きられているかどうかというような話とも関係ないのだ。つまり今の私は、

たとえ私がどんなに苦しむことになったとしても、それは「私が霊媒師だから」ではない

と思えるようになったから、それを苦しみの種とは見なしていないと、そういうことなのである。

それに本当のところを言えば、私には

確かにこれを苦しみの種だと見なすことはできるだろうし、実際にそうしているひとも多いだろうけど、でも私としては、それを苦しみとは思わないようにしたい

と決意している・自分自身に言い聴かせている要素が、他にもいくつかある。そしてそれが今の私の「世界観」を創り、私の今生の基礎にもなっていると、私はそう理解しているのである。

ただだからこそ大切なことは、これは結局「自分自身で決める」しかないということだと思う。つまりこれが誰かから

そんなの気にすることないよ!だって同じような状況でもしあわせに生きられてるひとはいるわけだし!だいじょうぶだいじょうぶ!!

なんて言われたというだけだったら、それではやはり足りないのである。もちろんそれがまったく無意味だとは思わないし、そういう言葉をきっかけに変われるなら、それは間違いなくいいことだ。それに私だって、なんとかして相手に「自分なりの気持ち」を伝えようとして、こうした表現に近いことを言うこともある。

ただたとえそうであっても、自分が納得していないことを他のひとに押し込まれても、やはり長くは保たないのである。それどころか自分にあまりにも余裕がないときだったら、相手に怒りや反発を感じてしまうことすらあるだろう。だから結局こういうことは、少なくとも最後は、自分で決めるしかないのだ。他者の力はあくまでも「補助」であって、それはとてもありがたいことではあるのだが、やはりそれだけでは、「どうしても決定打にはならない」ということなのである。だってこれは、「自分(あなた)の人生」なんだから。

ただこれは別に

「100か0か」(めちゃくちゃに苦しむか、まったく苦しまないか)

という2択でもないとは思う。たとえば私もやはり連日の悪夢には気が滅入るし、その意味でそれを完全に克服できてはいないのだが、それでも前よりは対処が上手くなったと思う。だから私は以前より、悪夢を見ることに苦しめられてはいないのである。

それにもっと言えば、そうやって自分のすべての特徴や要素について苦しみを感じなくなることが最良の状態なのかと言えば、私はそうとも思っていないのだ。つまり私は、

「そのひとがなにに喜ぶのか」と同じくらい、「そのひとがなにに苦しむのか」にも、そのひとの個性や信念が反映されている

と思っていて、以前から

と言ってみたり、あるいは

と思ったりしているのも、結局はそういうことなのである。だって苦しみの裏には「こだわり」があり、それは結局「愛」でもあると思うから。なにがどうなろうとなにも感じないのであれば、そんな淡白で飄々としたひとが、私の理想ではないから。というか本当の意味で「なにがどうなろうとなにも感じない」ひとがいるなんて、私はそんなこと自体、どうしても信じられないんだから。

もちろん私たちは完全に独りで存在しているわけではないので、いつもお互いに影響を受け合っている。そしてその結果として、

「初めて知る喜びやしあわせ」

を受けることもある。だからそれがいいものなら、いい流れなら、どんどん受け容れればいいと思うし、私もそうしたいと思う。

それに今言ったとおり、苦しみと喜びは表裏一体でもあると私は思う。つまり

私には喜びを選ぶ自由があるのと同じくらい、苦しみを選ぶ自由もある

ということだ。だがだからこそ、

苦しみはとても強力なものだからこそ、それを誰かに都合のいいように歪まされたり、刷り込まれたくはない

と、私は思うのである。

だからそんな私は、これをあなたとも一緒に確かめ合い続けたいのだ。苦しみがいかに強いものなのかは、私だってよく知っている。でもだからこそ、それはお互い慎重に選ぼう。そして本当の意味で、自分を成長させていこう。だってそれは結局、それぞれが見たい景色を見るためなんだから。

もちろん私にもまだたくさんの苦しみがある。でもだからこそ、私はもうこれ以上「余計な苦しみ」は要らない。「意地の悪い煽り」なんてなおさらだ。何度も言うけれど、私は別にむやみに苦しみたいわけではないのである。だから私は、ちゃんと身を護る。私が望んでもいないものを、無防備に受け容れ続けたいとは思わない。だってこれは私の人生であり、他にはどこにもかけがえのない、私たち自身の物語なんだから。

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