私的共有空間。この場所をいちばん必要としているのは誰なのか、私はちゃんとわかっている

ときどき私に、

あなたはよく毎週毎週あんな力の籠もった文章を出せますよね。実際大変じゃないですか?

というような感想をくれるひとがいる。もちろんそれは私へのいたわりなのだから基本的にとてもありがたく受け取るのだが、率直に言うとそれは私にとって、それほど大変ではないのだ。というよりむしろ

私は日々あまりにも多くの思考・想い・エネルギーを受け取ってしまうので、それをここに出さずに自分の内側だけにずっと留めておくほうが、はるかに大きな負担になるんです

というのが、私の正直な感想なのである。

だからこれももうずっと前から言っていることだが、私がこうして毎週毎週書いていることというのは、結局は

「ほとんど同じことを、手を替え品を替え伝え続けているだけ」

で、

「目を瞠るほどの新情報」

というようなものは、もうほとんどないと思う。

だから、あなたがここの文章をもうそれなりに読み込んでくれたのなら、そのうえに毎週毎週「新しい文章」を追いかける必要はないのだ。だってそれが3か月後であれ1年後であれ、あなたがまたここに立ち寄ったとしたら、そこにあるのはほぼ変わらない

「いつもの私の文章」

でしかないと思うから。

だがそれでも私がここにこうして文章を書き続けているのは、最初にも言ったとおり

「自分のなかの想いやエネルギーを、適宜外に出しながら見つめなおす」

ということが、私にとってとても大切だからなのである。そしてそれはもちろん程度の差こそあれ、あなたにとってもきっと大切なことではないかと、私はそう思うのである。

近年はインターネットやSNSなどがこんなにも発展したので、

「自分の想いや考えを外に表現する場所」

自体はかつてないほどたくさんあると思う。

だが一方で、その拡がりと一般化はネット空間をも

「公共化」

したんだと、私は思っている。つまり20年前、あるいは10年前と比べてみても、ネット空間はもはや

「匿名の書き捨て場」

ではない。そこには「マナーと責任」が求められ、ある程度を超えた発言や行動には、厳正な処分も下される。そしてそこまでは行かないにしても、その公共空間における発言や行動は、自分の想像をはるかに超えて、多くのひとの目に触れる可能性がある。

だからそんななかにあっては

とりあえずなんとなく思い浮かんだものを、そのまま出してみよう

というような軽はずみなことはできない。ネット空間はもはや、

「品位と礼節が求められる、れっきとした社交場」

なのだから。

だからこうした

「ネット空間の公共化」

は、むしろ

「相手を限定した、お互いが見えるなかでの直接対話・直接交流」

の重要性を増したのではないかとも私は思っている。つまり

あらゆる発言や行動には本質的に「文脈や背景」があるんだけれど、それを「不特定多数のひと」とすり合わせることはほとんど不可能だ。だからこそ、「それを総合的な流れのなかに置き、お互いの背景や関心、関係性に合わせて話し合うことができる直接交流」は、「世界中のあらゆるひととつながり得る」こととはまた違った意味で、大きな価値を保つ

ということだ。そのうえでこの「直接交流」は別に「直接対面」にだけ限ったことではなく、それこそここで技術の恩恵を存分に活かし、たとえば

「インターネットを介したビデオ通話」

などで物理的な距離をカバーすることもとてもいいことだと思う。

ただそれがどんなかたちであれ、それが

「お互いにある程度の関係性があったうえでの、特定の相手との会話」

となると、そこには「不特定多数のひとたちへの発信や交流」にはない恩恵もある一方で、そこからは確かに「副作用」も出てくると思うのだ。つまり私は、

相手に受け止められたことに満足してしまって、自分で自分の想いを掘り下げる機会を逸してしまうということもあるのではないか?

という可能性を、いつも念頭に置くようにしているのである。

他にも数え切れないほどのひとがいるなかで、わざわざ私と関わってくれたり、私の個人的な想いや考えを聴いてくれたりするひとというのは、その時点で充分すぎるほど優しい。だからそういう優しい相手に甘えて、そのひとに自分の想いを受け止めてもらうことに慣れすぎてしまうと、本当はいちばん大切なことであったはずの

「自分で自分のなかにある想いや考えをしっかり見なおして整理する」

ということをせずに終わってしまうことも多くなるのではないかと、私は思うのだ。かと言って優しいひとほど

「相手の望む答え」

を返すのが上手だし、それは別に「いったん相手に信頼させて、最後に落とし穴に嵌めるための策略」(甘い毒薬)であるわけでもなく、

相手を元気づけたい

という、素朴純粋な厚意であることが多いと思う。それにそもそも相手が期待していない答えや考えを率直に伝えたり、相手に「自分なりのアドバイス」をしたりするというのは、とても勇気の要ることだし、単純に言っても相当なエネルギーを必要とする。だからそこまで踏み込むのは、そう容易ではないどころかかなり難しいとしか言いようがないと思うのだ。

それに話を持ちかけたほうにしても、基本的に弱って疲れているからこそ、「そのひとの優しさに甘えようとしている」ことが多いと思うから、そんな状態で

「鋭いアドバイス」

を受けたとしても、うまく糧にできないどころか、

「単なる攻撃」(自分への否定)

としてしか受け取れずに、余計に混乱したり、心を閉ざしてしまったりもするかもしれない。だからこれはお互いにとってとても難しいことだと、私は思うのだ。

もちろんいつもお互いを想い合いながら、だからこそ素朴率直にお互いの想いを伝え合える関係を育んでいければ、それは本当に理想的だと思うし、私もその可能性を諦めているわけではない。だがそれはとても貴重なものであり、たとえ一生をかけてもできるとは言い切れないようなものだとも思う。だから私はともかく現状においては、

「あまりにも立場がバラバラな不特定多数のひとに伝える」のも、「身近な特定のひとにだけ伝える」のも、どちらにもそれぞれ落とし穴や困難があるからこそ、そういう「想いの棚卸し」は自分自身で(も)しっかり取り組んだほうがいい

と、そう思っているのである。

だから私はそうした意味において、

これほどデジタル化・共有化が進んだ今にあっても、だからこそ「日記」だったり、完全に自分だけのための「非公開記録」だったりをつけることにも、大きな意味がある

と思っているし、同時に個人的には

インターネットに置かれたもの(≒クラウドに置かれたもの)は、たとえどんなに厳重に保護したつもりでも、本質的な流出・漏洩の危険をゼロにすることはできない

とも思っているので、その意味で

意に反して公開されるというリスクを極限まで下げたいなら、それはアナログ(オフライン)で保管して、自分だけが知る鍵をかけておくのがいちばんだろう

と思ってもいる。だから私は、旧来のアナログ的なもの・手法にも大きな価値があると思っているし、

以前

でも触れたとおり、そうした「日記」は実際おそらく誰の目にも触れることなく、この世から完全に消え去ったのである。

だがそんな紆余曲折も経た今の私は、結局ここにずっと文章を書き残している。これはつまり

今の私にとっては、この『闇の向こう側』に想いを書き出すのが、自分の想いやエネルギーの整理にすごく役立っている

ということなのだ。

ここはオンライン上の空間だから、まぎれもない「公共空間」(共有空間)である。だからどこの誰がここを訪れているのかは私にさえわからないし、かといってそれを「限定」しようという気もない。だが一方でここには確かに「私の個人的要素・感慨」も多く詰め込まれている。それにこれは以前

と言ったときからより顕著になった傾向だとも思う。

だからつまり

私はこの『闇の向こう側』を「明らかな公共空間」だと認識しながら、一方でこんなにも「私的な空間」として利用している

ということなのである。そしてこれは結局、私がかつて

と言ったことが、私の意図や想像を超えてうまく実現したということでもあると思う。だからこの場所は、誰よりも私自身にとって本当にありがたい、私が必要としている場所であり、だからこそ私は私自身の「想いの棚卸し」のために、誰よりもここを活用し続けていると、そういうことなのである。

だから私は本当に、あなたが思っているよりはるかに深く、あなたにいつも感謝している。ここでこんな私と関わってくれることを、私の心の整理に付き合ってくれることを、本当にありがたく思っている。それに実際、ここが当初の私の想像をはるかに超えるほど長く続く、私にとってこんなにもかけがえのない場所になったのは、ひとえにあなたのおかげなのである。

だから私はこれからも、ここに私なりの想いを書き綴っていこうと思う。つまり私はここで、

「私的空間と公共空間(共有空間)のいいとこ取り」

をして、

「私的共有空間」

とでも言うようなものを創ろうとしているということなのだ。

あなたの想いと重ね合わせなければ、自分の立ち位置や本心を見失いそうになるから。ときには誰かに「率直な疑心」を向けてもらわないと、自分の危機感が薄れもするし、自分の「覚悟」を固めることもできないから。でも自分のなかの雑多な想いやエネルギーをずっと独りだけで抱え込むのはつらいから、こうしてあなたとも共有したいから。

とはいえあなただけにその負荷を掛け続けるのは大変だし、私のことは第一に私の問題であり責任なんだから、あなたがここに来るのは、あなたが来たいときだけでいいから。結局私は私でしかないんだから、そんな私はこれからも、ここで自分と向き合い続けていくことになるんだから。

だからそんな私は結局、この場所があなたにとっても少しでも役に立つ場所であることを、心から願い続けている。そしてともかくあなたが生きていてくれたら、最期まで生きようと想い続けていてくれたら、そう思える助けが少しでもできたなら、それが私にとってどれだけの喜びであるかは、おそらくどんなにあなたが想像しても、なお届かないほどだろう。だから私は最初からずっと、私のためにここにいるのである。なのにそんな場所にあなたが来てくれるから、私はいつも心から、言葉にしきれない万感の想いを込めて、あなたを歓迎するのだ。

ようこそ、闇の向こう側へ。

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  1. miyako より:

    こんばんは。
    ネットは、今のところ、あまり良い使われ方をしていないようなので、それほど好きではないのですが、こちらのように、感覚的なものの答え合わせができる場所があるのを知ってから、やはり便利だなぁと感じました。
    ミリアさんという方も、いらっしゃるのですか?
    いつも、ブログの更新をしてくださり、ありがとうございます。
    それでは、失礼いたしました。

    • Dilettante Dilettante より:

      miyakoさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      そうでしたか、

      ネットは、今のところ、あまり良い使われ方をしていないようなので、それほど好きではない

      とおっしゃるあなたに、ここが少しでも気に入っていただけたら、本当に嬉しくありがたいです。

      感覚や感性、それに価値観や信念というのはとても個人的で多様なものですし、そもそも私がどんなに精いっぱい考え尽くしたとしても、それが「絶対に正しい」(唯一無二の答えだ)と言い切れるわけではないので、その意味で

      答え合わせができる

      とは言えないかもしれないとも思うのですが、でもその「答え合わせ」をもう少し違う意味で、

      「それぞれが一生懸命考えた答えを合わせて(持ち寄って)、もっといい答えを紡ぎ出す」

      という意味で捉えるなら、それができる可能性はきっとあると言ってもいいだろうと思っています。というかそもそも私自身が、ずっとそれを願ってここにいるんですからね。

      ですからこうして私の想いをあなたにも受け止めてもらえて、本当にありがたいです。

      これからも、どうぞよろしくお願いします。

  2. ゆきうさぎ より:

    Dilettante様

    こんにちは。いつもお世話になっております、ゆきうさぎです。
    (コメントも3度目なので、そろそろHNを覚えていただけたかな~?と淡い期待を抱いて来ました(笑))

    このログを読んで、先日から妄想が止まらず、親愛の情と日ごろの感謝を込めて足跡を残させて頂きます。拙い文ですが少しでも気持ちが伝わると良いな…

    ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

    そこは、看板も何も出ていない、ごく普通の一軒家。
    誰でも行けるけれど、大々的に宣伝をしている訳ではないので、辿り着くには少々骨が折れるいわゆる『隠れ家カフェ』のような場所。

    美しく手入れされた庭、品良く並んだオブジェ、小さく飾られたwelcomeボードに勇気をもらってドアをノックすると、店主がにっこり微笑みながら出迎えてくれて、私の緊張は一気に解ける。

    自宅の一室をカフェとして開放しているそのお店には、日々様々な人が訪れる。
    たまたま立ち寄っただけの人、長年の常連、中には初めは店主と敵対していたのに、その真摯な生きざまに己の目が覚めて、そのまま居着いている人もいる。

    皆に共通しているのは、何かしら悩み多き人々だという事。一般的に否定されがちな『霊の世界』を、確信を持って「在ります」と言う店主に話が聞きたくて、自分の話も聞いてもらいたくてやってくる。

    心の準備もないままに、突然に霊の世界に関わらざるを得なくなった店主は、普通に凡庸に生きている私には想像するのも辛い体験が沢山あるようで、その経過は誰でもが見られるように日誌として展示してある。中には客として訪れた人々のコメントや、店主のご友人からのメッセージなどもあり読み応えたっぷりで、私などは何往復して読み返しているかわからないほどだ。

    いつしか皆がこの店を愛し、かけがえのない憩いの場になっている事を店主に伝えると、ご本人は

    「お言葉とお気持ちはありがたく受け取ります。ですが私は、自分の為に開いたこのカフェに訪れてくださるお客様から、逆にとても力を頂いているのでお礼には及びません。」

    と、決して謙遜している風でもなく静かに応える。

    そして、今日も縁あって運良くこの店に辿り着いた人に、店主は穏やかに微笑みながらこう言うのだ。

    「ようこそ、闇の向こう側へ。」

    • Dilettante Dilettante より:

      ゆきうさぎさん、ようこそ、闇の向こう側へ。

      コメントも3度目なので、そろそろHNを覚えていただけたかな~?と淡い期待を抱いて来ました(笑)

      はい、もちろん憶えていますよ。

      そして今回は味わい深いイメージを共有していただき、ありがとうございます。

       

      そうですね、あなたが

      自宅の一室をカフェとして開放している

      というイメージでここを捉えてくださっていることは、私が

      「私的共有空間」

      という言葉で表現しようとしているものとまさに重なり合うものだと思います。

      その経過は誰でもが見られるように日誌として展示してある

      というのもですね。そう、私の記録はもともと

      「『いつか誰かの目に触れる日が来ればいいな』とも思っていたけど、少なくとも最初の時点では、なによりもまず自分自身のために残した日誌」

      という感じなんですよね。それにもっと言えば

      最初は「突然の嵐に巻き込まれて、自分だけが無人島に漂着した」と思い込んでいたので、そこで自分の正気を保ち続けるために日誌を残していたつもりだった。それがだんだんと日が経つにつれ、実はそこは意外にも、そこまで本島から離れているわけでもないとわかったし、そもそもそこは本当には「無人島」でもなく、先人の記録や他の住民の気配もあった。さらに言えば最近では、なんだか「本島がこちらに少しずつ少しずつ接近してきている」ような感じもあって、いい意味で予想外のことがたくさん起きてきている

      というのが、私の率直な実感なんです。だからその意味でも、あなたがここを

      『隠れ家カフェ』のような場所

      と表現しているのを見るのは、私にとって本当に、しみじみと感慨深いものがあります。

      なのであなたは既に私の気持ちをわかってくださっているとも思うのですが、改めてあなたがここを

      かけがえのない憩いの場

      にしてくださっていることに、心から感謝をお伝えしたいと思います。

      本当に、ありがとうございます。

      そしてこれからも、いつでもお気軽にお立ち寄りいただければと思います。

      どうぞよろしくお願いします。

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