「死にたいのか?それとも生きていたいのか?」。この最も切実な問いに、私もきっとまた何度も向き合うだろう

本当に本当に追い詰められたときの気持ちは、あなたになんかわからないでしょう!

「自殺したら後悔するからやめろ」だなんて、そんな言葉くらいで自殺を止められると思うのは、自殺を考えたこともないひとの戯言ですよ

こんなことを言われることは、今でもまだまだある。だがここでも何度となく言っているとおり、私は自殺したいほど苦しんでいるあなたを蔑んでいるわけでも、その苦しみを軽んじたいわけでもない。それに確かに「あなたとまったく同じ気持ち」になることはできないのだとしても、それでも私にだって、自殺を考えたことはある。それも実のところ、けっこうある。

もし

あなたが人生でいちばん経験したくないことはなんですか?

と訊かれたら、あなたならどう答えるだろう?

もちろんそれはひとによって様々だろうし、それはつまり「苦しみの個人差」を示しているんだろうとも思う。だからこそさっきも言ったとおり、私たちが本当の意味で

「まったく同じ気持ちになる」(≒まったく同じ苦しみを味わう)

ことはできないんだろうとは思うのだが、少なくとも私自身は

他のなにが起きようとこれだけは、これだけは絶対に起きてほしくなかった

ということを、現実に味わったことがある。もちろん究極的には「本当の本当に最悪の状況」というのを突き詰めていけばキリがないとも言えるわけで、その意味ではこれすらも「いちばん経験したくないこと」とは言い切れないとも思うのだが、それでもそれが私にとって、少なくとも

「間違いなく最悪の部類」

に属するできごとであったことは、絶対に間違いなかった。そしてその結果、私はそれまでとは比べものにならないほど深く強烈な絶望を感じ、本当に本当に、自殺してしまいたいと思ったのである。

ただここでひとつはっきりさせておきたいと思うのだが、これは別に昨日今日のできごとではない。だから別に今現在の私がここまでやられているわけではないので、その点は安心してほしいと思う。だが一方で、これが数十年前のできごとなのかと言えばそうでもないし、そのとき私は既にある程度の霊的経験を積んでもいた。しかももっと言えば、これは私がこの『闇の向こう側』を開設した後に起こったことなのである。だからそれは確かにそこまで最近のできごとではないが、一方でそれほど昔のことでもない。私がいちばん自殺に近いところにいたのは、そんなときの話なのである。

とはいえあなたがここの記録をよく読んでいったら、そこにはたとえば

のような文章がいくつも見つかると思う。だからその意味で、

そんなのあなたにとっては、別に珍しいことでもないでしょう?

と言われたらそれもそのとおりではあるのだが、それでもそのときの私の状態は、いつもに輪をかけてさらにひどいものだった。だからそのときの私は、

これは、もう終わりだ。もう嫌だ。もうダメだ。もう完全に、夢も希望もない。もう本当に、どうしようもない

と心底思った。私は間違いなく、「瀬戸際」に立っていた。というか「もう既に、半身は落ちかけていた」と言ってもいいと思う。それこそ負の霊は、「最後の仕上げ」に入ったつもりでいただろうと思うくらいに。

ただそんな極限状態の私に、ある「ひとつの問い」が、急に湧き上がってきた。それは

お前がそんなに苦しいのはわかるよ。よくわかるさ。でもだからって、じゃあお前はこのまま死にたいのか?自殺してしまいたいのか?それがお前の、本当の望みなのか?

という問いだった。その問いは、私に余裕がまったくなかったことで、むしろこれ以上なくまっすぐに染み渡ってきた。そして私が出した答えは、

いや、私は自殺したいわけじゃない。「自殺したいほど苦しい」のは素直な気持ちだけど、でも本当にここで「すべてを終わりにしたい」わけじゃない。だから私はやっぱり、まだ生きることを選ぶ

というものだった。だからこそ私は今もこうして、ここで生きているのである。

だから私は、今この瞬間にも自殺してしまいたいほどの苦しみを抱えているあなたのことを否定したいわけでは決してない。ただそれでも、

もしあなたが本当に自殺してしまったら、あなたの「今生の可能性」は、文字どおりすべて完全に潰えてしまうんです。今ならまだ「あなたが『もう終わった・もう希望も未来もなにもない』と思い込んでいる・自己判断しているだけ」で済むところが、いったんその一線を越えてしまったら、それは本当に終わり、本当になくなってしまうんです

ということだけは、何度でも何度でも伝えたいと思うのである。確かにもう一方で、

たとえ「今生の可能性」がすべて消えたとしても、「魂の可能性」(存在そのもの)が消えてなくなるわけではない

というのも事実だ。だが

それでも「自分が気づかずに投げ棄てた今生の可能性がどれほど多かったのか」を本当に思い知ったときに、それを「魂の可能性が残っている」ことだけで埋め合わせることは、あまりにも難しいんだ

という事実もやはり揺らがないのだ。だから

という現実があり、だからこそ私は、

そうやって「今生の可能性をゼロにすること」が私の望みではない

と思ったから、だから生き続けることを選んだのだ。それが、私の選択だったのである。

ただ私が実際にそこまで追い詰められた(と感じた)こと、実際に自殺の間際まで行ったというのも率直な事実だとしても、その「原因」(理由)をあなたが知ったら

たかがそんなことが「人生でいちばん経験したくないこと」だなんて、そもそもその感性が甘すぎるだろう!それを言うなら今の俺の現実のほうが何倍も悲惨だし、俺の苦しみはお前とは比べものにもならないんだからな!

なんて言われるかもしれない。それに

そもそもあなたのそれは、あなた自身がどうしようもなく愚かなことをした結果でしょう?つまりそれは他の誰でもなくあなたが悪かったのであって、まさに因果応報・自業自得でしかないでしょう!

と言われたら、私に反論の余地はほとんどないのだ。

だから私はその意味でも、やはりあなたと同じ気持ち・同じ境遇にはなれないと思う。はっきり言って私は「あなたよりもはるかに出来の悪い未熟者」なのだから。

だから私はこれからも、きっとまた何度も

死にたいのか?それとも生きていたいのか?

という問いに向き合うことになるだろう。私はまだまだ、あそこから完全に抜けきったわけではないのだ。私は、それをちゃんと自覚しているのである。

でもだからこそ、私はあなたにも一緒に生きていてほしいと、切に願っている。たとえこの願いがどれだけ深く大きいものか、そしてなぜ私がここまで何度も何度も同じことを言えるのか、その理由が今のあなたに理解されることはないとしても、それでも私はずっと、そう願い続ける。だってそうやって手を伸ばし続けなければ、絶対に触れられないのだから。自分から手を払いのけてしまうことだけは、絶対に絶対に、避けなければいけないのだから。

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